夏の白線
日陰の落ちる非常階段で私たちは大きく息を吸った。食堂でかき込んだ弁当が胃の中で浮ついている。
手摺に凭れていた彼女はおもむろに作業服のポケットから赤い箱を取り出し、ビスケットをくれた。ここに来るまでの日射しの熱で、表面に塗られたチョコレートが溶けてしまっている。
先週の火曜日が衣替えの日だった。
初めて袖を通した夏服は青い縦縞模様で、パジャマみたいだと二人で笑っていたら、「何がおかしいの?」と指導係のベテランに本気で怒られた。迫力のある口紅の色はバーガンディというらしい。
ビスケットをひとつずつつまむ。べたつく指先を気にしながら、
「染まりたくないね」
と彼女が言った。
「染まりたくないね」
と私は頷く。
輪郭を保つために私たちは合言葉を唱えている。
終業のサイレンが鳴る。
十日間の夏休みのあと、結果だけを人づてに聞いた。
いつから決めていたのか私は知らない。
よろしく、と渡された雑巾で空になった隣のロッカーを拭き上げる。
扉の中には内履きの匂いが残っていた。
更衣室を出て、タイムカードを押す。打刻の振動より軽いものしか私は持てずにいる。キーケースが地面に落ち、車の足元にしゃがんだ。
おつかれさまあ。
離れたところで片手を上げ、こちらを見ている人がいた。赤紫色の唇が今日は微笑んでいる。
私は一度振り返り、慌ててすぐに立ち上がった。
この夏いちばん声を張る。
おつかれさまです。
夕闇を待つ薄青い空がふるえる。吸い込む風の生ぬるさに息が詰まった。
彼女が自分で選んだどこかに居ることを思う。
私は今、ひとつまたいだ。
そんな気がした。
2021年4月17日(2021年9月21日修正)